口の臭い同僚と働く
営業部のあの男。
小太りで背は低め、優しげな顔にメガネがちょんと乗っている。清潔な半そでワイシャツから、日焼けしていないぽっちゃりした腕が覗く。
年は30半ばくらいだ。頑張り屋だけど、人を蹴落としてまで出世したくもない。だから彼はずっとちょっと不器用だけど、いつもニコニコ仕事をする。
ただ、彼には別の一面がある。
口内環境が無法地帯なのだ。
洋画に例えるとこれ:
要するに、めっちゃ口くさい。もう死にそうなレベル。
胃の中から上がってくる匂いではなく、歯と歯の隙間の汚れが臭っている。
私は、命を削りながら彼との会議に参加し続けた結果、少しだけだが匂いの分析ができるようになってきた。
それは、焼肉臭、アルコール臭、ペペロンチーノ臭、餃子シュー、たばこシュー、の類ではない。彼の場合は、「歯と歯の間でネズミが死んでミイラ化したチュー(臭)」だ。私が犬でなくてよかった。
ちなみに彼は営業として平均的な成績らしいのだが、どうやって契約をとっているのだろう。
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黒いビジネスカバン、幅広のビジネスシューズ、薄いグレーのスーツに紺色のネクタイ。
オフィスビルの風景に溶け込んだ彼は、にっこりと笑顔を見せ、受付を通る。会議室へ着く。受付から連絡を受けた先方の担当者が入室する。
ガチャ
今だ、客先での第一声は、相手ではなく、こちらの元気いっぱいな挨拶でなければ。
「どうもお世話になっておりますウウウ フウウウウ」
爽やかに名刺を差し出す。
「今日はどうも、お時間割いていただいてありがとうございましたあああ ファアアア」
担当者は差し出された名刺をようやく受け取る。すでに突然のめまい、吐き気、寒気と脱力感が彼の体を襲い始めている。
ここからが勝負だ。
準備してきた説明を早口でまくし立てる。変な沈黙ができると余計に緊張してしまうからだ。
「前にお送りしたものはあくまでざっくりしたパッケージ案のご提案でしたので、あの後いただいたご要件書から社内で詰めさせていただきまして、貴社の案件管理システムとも十分連携して運用いただけるようなカスタマイズ案を検討してまいりました。こちらの資料でまず内容をご説明させていただいて、のちほど開発スケジュールの面で少し確認させていただきたいことなどお伺いさせていただ」
担当者は相槌も適当にうつ向いたままだ。カップを口元に持ってきたままフリーズしている。
しかしもちろん、コーヒーの香りでごまかせるようなレベルではないのだ。
くさい
くさい
くさ過ぎる
説明が頭に入ってこない。
手が汗ばむ。一方で背中はぞくぞくと寒い。
説明はやはり何も入ってこない。
15階のミーティングスペースでは、窓を開けることができない。
もうやめてくれ。もう何も話さないでくれ。もう、その口をホチキス止めしてビニール袋に入れて、帰ってくれ―――
殺される…!
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制作と営業は時々衝突するけれど、営業さんが仕事をとってきてくれるのはやはりありがたいことだ。
「ありがとうございます。例の契約取れたんだそうですね!では今度電話会議でキックオフしましょう」
最近、電話会議がどんどん一般的になってきている。よかった。